研究の目的 |
熱帯対流圏界面が遷移層 (TTL) として捉え直されて以来、成層圏水蒸気を規定する脱水過程に関する理解は劇的な変遷を遂げた。地球環境変動が顕在化する中、SOWER グループは水蒸気変動に関する理解の気候学的重要性に注目し、1990 年代から水蒸気・オゾンゾンデとライダーを用いた現場観測により力学的観点から脱水過程の解明を進めてきた。
一方、クライオサンプリンググループは、大気球観測による成層圏大気組成の詳細な分析を通して化学的観点から環境変動の実態を解明してきた。
本研究の目的は、異なる観点から研究を推進してきた 2 グループの組織的連携により、TTL 内過程に関する統合された大気科学的描像を確立し、大気環境変動に関する理解を深化させることである。
研究の計画 |
SOWER が培ってきたインドネシアとの共同研究の実績と、クライオグループが蓄積してきた成層圏大気サンプリングの経験を融合させ、対流圏大気の成層圏流入域である熱帯西部太平洋で初めてのクライオサンプリングを実施する。また、「巻雲粒子個数濃度の逆説」の解明に向けて水蒸気/エアロゾル/雲粒子のゾンデ観測とライダー観測を実施する。
得られたデータから大気力学的観点と大気化学的観点を統合した TTL 内物理化学過程の理解の深化を目指す。2つの研究グループの連携が極めて重要であるため、全体会議を定期的に開催して問題意識の共有化・研究の統合を図る。
期待される成果 |
SOWER は、米国 NOAA の研究者の技術協力の下、日本人研究者主体の国際共同研究として TTL 内脱水過程解明に先駆的役割を担ってきた (Voemel et al., 2002)。衛星観測の限界を超える高鉛直分解能データを必要とし、熱帯太平洋を横断する領域を観測対象とする TTL 脱水過程の研究は、現場観測に頼らざるを得ない。SOWER では,エクアドル(INAMHI)、キリバス(気象局)、インドネシア(LAPAN)、ベトナム(気象局) 現地協力者の献身的な努力に支えられて、その困難を克服してきた。
一方、クライオサンプリンググループは成層圏大気を効率的に回収する方法を開発し、収集された大気に含まれる温室効果ガスの詳細な解析を長期に渡って継続してきた。その結果得られた成層圏内の CO2 混合比増加率に関する観測事実 (Engel et al., 2009)は、化学気候モデルによる予測 (例えば Austin et al., 2007) に反し成層圏大気の年齢が延びてきていることを示唆しており、整合的理解を得るための研究が必要とされている。
本研究課題は、大気力学分野と大気化学分野で中層大気を対象に研究を進めてきた 2つの研究グループの組織的連携により、成層圏大気微量成分に対する影響という観点から TTL の時空間変動に関する理解の統合化を図り、合わせて気候モデルの改良に貢献することを最大の特色としている。さらに、データ同化手法の TTL 科学への導入により、限られた観測データに基づく解析を新しい段階へと飛躍させたいと考える。
今回申請する研究課題で予想される主要な成果としては、次のようなものを期待している。
- 1. 大気化学的情報と大気力学的に想定される脱水過程との整合的理解
- 2. 水蒸気/エアロゾル/雲粒子同時観測による「巻雲粒子個数濃度の逆説」の解明
- 3. 広域水蒸気 match による脱水定量化/脱水効率評価の改善と大気波動の役割の解明